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東京高等裁判所 昭和30年(ラ)214号 決定

抗告人 高坂亀四郎

主文

本件抗告を棄却する

理由

抗告代理人は、原決定を取り消す、本件競落はこれを許さないとの裁判を求め、その理由として別紙「抗告の理由」のとおり述べた。

よつて案ずるに、

抗告人提出の「昭和三十年四月十四日附競売期日変更申請」によれば、抗告人主張の如く抗告人と債権者ユニオン企業株式会社代表者栗田芳夫との間に昭和三十年四月十四日の競売期日の延期申請をなす約定が成立したように見えるが、これだけでは右債権者が本件抵当権の被担保債権の弁済を猶予したことを認めるに足らないので、民事訴訟法第六百七十二条第一号の強制執行を許すべからざる場合または執行を続行すべからざる場合に該当するものとはいえない。

従つて、右債権者が右のように延期申請の約定をなしこれに違反して競売手続を進行せしめ債権者において競落しても、競売手続そのものとしては何らの違法の点なく、債権者に競落する能力のないものとはいえないので、この点の抗告人の主張は採用の限りでない。

次に、本件記録編綴の登記簿抄本(百十四丁)によれば、右債権者会社が昭和二十九年六月三十日解散し同年七月十四日その旨の登記並びに清算人吉原軍治、仙波要吉の登記がなされたことを認め得るが、右登記簿抄本は昭和三十年四月十八日作成されたものであるから、右登記簿抄本が原裁判所に提出されたのは右日時以後であることが明らかである。しかして、

競売手続は権利実現の手続であつて、裁判所(その他の競売機関)は、競売の申立人その他の利害関係人の協力を必要とする場合のほか、職権をもつてその手続を遂行し得るものであることは勿論であるが、これらの申立人その他の利害関係人についての法定代理権又は法人の代表権限などの存在は、申立人その他の利害関係人において立証すべきものであつて、この証明のない限り裁判所は申立を不適法として却下すべきものである。しかしてその申立人その他の利害関係人がその申立又は手続に関与する当時においてその法定代理権又は代表権限を有する限り、その後これを欠缺するに至つても申立人または利害関係人においてこの事実を裁判所その他の競売機関に申し出で、裁判所その他の競売機関がこれを了知しない限り、これがため競売手続は当然に中断し、もしくは無効となるものではない。競売法は特に明文を設けて民事訴訟法中当事者能力及び訴訟能力に関する規定を準用してはいないのであるが、競売法において、特にこれを排除する趣旨の特段の規定のない限り、競売手続において民事訴訟法中これに関する規定が類推準用せらるべきことは事理の当然といわねばならないのであつて、民事訴訟法第五十七条第五十八条は競売手続において類推準用せらるべきものである。

従つて裁判所(その他の競売機関)は手続の開始または利害関係人が手続に関与する際にこれらの要件の存在を調査する義務を負うに止り、その後のこれらの要件の欠缺は、利害関係人においてこれを明らかにして裁判所(その他の競売機関)に通知するべきものであつて、この場合手続の停止又は取消を求めうべきであることは競売法に準用される民事訴訟法第五百五十条第五百五十一条に照らし否定し得ないところである。然らば、競売機関が、法定代理権又は法人の代表権限の消滅を知らない限り、たとえ法定代理権又は法人の代表権限の消滅後これらの法定代理人又は法人の代表者に対してなした処分は適法といわねばならない。本件記録によれば、右債権者会社の代表者栗田芳夫が昭和二十九年一月九日本件競売の申立をなし同月十一日競売開始決定がなされたこと及び当時右栗田芳夫が右債権者会社を代表する権限のあつたことが明らかであるので、本件競売手続は適法に開始されたものというべく、本件記録によれば、昭和三十年四月十四日の競売期日の通知を右債権者会社の代表者として右栗田芳夫に対してなしたこと、右期日において右栗田芳夫が右債権者会社の代表者として競売の申出をなし保証を立てかつ記名捺印したこと、昭和三十年四月十五日言い渡された競落許可決定において競落人としてユニオン企業株式会社右代表者代表取締役栗田芳夫と表示されたことが明らかであり、いずれも右当時右栗田芳夫に右債権者会社を代表する権限のなかつたことは、前記認定事実に照らし明らかであるが、右当時競売機関たる原裁判所が右栗田芳夫の代表権限の消滅を知らなかつたことも前記認定事実に照らし明らかであるので、前段説示に照らせば、右当時においては競売機関に対する関係においては右栗田芳夫の代表権限は消滅していないものとして扱はれ、これを違法となすに由ない。よつて抗告人のこの点の主張も採用し難い。

他に記録を精査するも決定を取り消すべき事由を認め得ないので、本件抗告を棄却し、主文のとおり決定する。

(裁判官 岡咲恕一 亀山脩平 脇屋寿夫)

抗告の理由

一、本件競売手続において、昭和三十年二月九日の競売期日は、抗告人において金五万円を弁済してこれを延期したが、更に同年四月十四日の競売期日が定められたので、抗告人は同日債権者ユニオン企業株式会社と示談交渉を進め右会社の代表者栗田芳夫との間に右期日を延期する協議が成立し同人の同意のもとに延期申請書を作成した。然るに、抗告人が右延期申請書を東京地方裁判所の競売係に提出せんとしている間に、右債権者は右約定に反し競売手続を進行せしめ自ら本件競売不動産を競落したものである。債権者は、右の如く延期書を作成し競売期日の延期に同意したものであるから、競売手続を進行し得ないものであつて民事訴訟法第六百七十二条第二号後段の競落する能力なきものに該当し右競落は許されないものであるのみならず、債権者は権利を濫用して競売手続を進行せしめ敢えて自ら競落したものであるので、かような競落は公序良俗に反し許さるべきものでない。

二、仮りに右事実が認められないとしても、昭和三十年四月十四日の調書によると、同調書には「競買人ユニオン企業株式会社の申立により代表取締役栗田芳夫が現金三万五千円の保証を立て」なる記載があり、また利害関係人の承諾の記名捺印の項に、「東京都千代田区神田神保町二丁目五番地ユニオン企業株式会社代表取締役栗田芳夫」の署名捺印があり、同年四月十五日附の競落許可決定にも「ユニオン企業株式会社右代表者代表取締役栗田芳夫」と表示されているが、右会社の資格証明書によると、右会社は昭和二十九年六月三十日解散し同年七月十四日その旨登記され、更に同日附をもつて清算人吉原軍治、仙波要吉が就任した旨の登記がなされているのであつて、記録上一見して本件競落当時右栗田芳夫に右会社の代表権限のないことが明らかである。かように代表権限のないものを代表取締役として取扱つた原決定は取り消さるべきものであり、また右栗田芳夫が右会社の代表者として本件競売手続に関与したのは違法であり、更に民事訴訟法第六百七十二条に違反し代表権限の欠缺していることを看過してなされた原決定は取り消さるべきものである。

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